今はむかしならざれど、男ありけり。月は目まぐるしう立ちにて、男、窓を開け、春の日ざしを青白き肌にあたたかう感じて、咲きたる花ばなの匂ひをかげば、長う暗き冬もついに明けぬとて、いと気晴らしなる気分ぞしける。
学びのそののある人、電脳のたいだいしきことのあるごとに、男に頼みて、いく度ともえ知らず世話になりけり。男、厄介とも思はず、かへって気に入りける人なれば、いかなることにても助けたくこそ思ひたまへけれ。男、かの人の顔を日ごろ見知りぬれど、こころぞ陰にかくれにけり。
かかるほどに時は立ちぬ。世の中は騒々しうなれば、男、冷静を失はじとて、万のことにてつつしみ言選りて、やりすぐしぬ。静まりければ、ものを食ひにいなむとて行けば、ある人、ともに行きけり。物語などしながら食ひける男、一瞬、人のこころを垣間みて、希有なるものを見いだしつる喜びと、さるほどにてとどめざるをえぬことの哀しみとを覚えぬ。あまりに耐へかねて、男、便所にかくれてかくなむ。
うらに立つしらなみあらし聞かせなむ何ゆゑに寄せ誰ゆゑに引く
男、山のぼりにいどむより先に、下の谷に巡りあひぬこと嬉しうこそ思ひけれ。
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